<ゑゝい儘よ>


ギギナが相棒である傍らの男を見やると、彼は宙を睨んで苦い顔をしていた。
その渋面の原因となっているであろう彼の足元と口元の血液が先程から寸分違わずにそこに在った。

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小さな仕事だった。
いつもの下らない街での下らない賞金首との追いかけっこ。しかしギギナにとってはそんなもの遊戯にもならぬ。退屈を通り越して不満も露に、ガユスがヒイヒイ言いながら逃げる賞金首の男を追うのを、ぶつくさ言いながらも見守る。手出しをするまでもない、小物の首。そんなものの血を浴びせるためにこのネレトーがあるのではない、と。

他に退路の無い袋小路に追い込んだまでは良かった。しかしガユスもこの男を小物だと判断してか、多少払うべき注意が足りなかった。窮鼠猫を噛むかな、文字通り追い詰められた男は事もあろうに十三階梯にも達する、鞘から抜いてある魔杖剣を突きつける男に突進して、その顔を殴った。
ギギナはその瞬間息を呑んだが、知覚眼鏡が細い路地裏に落ちる軽い音がした時には、既にその賞金首は息絶えていたのは言うまでも無い。

後は唯、声を掛けても良いものかと一瞬でもギギナが逡巡するほどの冷たい目を足元に向ける、いつもの『仕事を終えた』ガユスがいるだけだ。

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漸くそんなガユスが動きを見せたのが冒頭での行動。それまでは表情からその蒼い瞳の奥から焦げた赤をした髪の毛の一筋でさえもが、ピクリとも動かなかった。彼の足元の死体のように。ギギナでさえも寄せ付けない、と頑なに外界にあるもの全てを拒絶するようなその雰囲気。それが解けた。

グイと袖元で血を拭って、溜息を吐きながら落ちた眼鏡を拾う。その目は相変わらず、何も捉えてはいない。ギギナも死体も世界も。

「……気に入らぬ」
「――…なにが」

ギギナの落とした言葉に返事はするが、視界の端にすらギギナを入れぬ。此方はというと、その伏せた蒼色とくすんだ赤しか目に映して無いというのに。

「…っ、な、に!」

鋭い叫びを上げたガユスの、その顎に手を掛けて無理矢理こちらを向かせる。黙れ、などと言わずとも、目が合った瞬間にガユスは呼吸すらも忘れたように凍りついた。

その時のギギナがどんな表情をしているのか、彼自身は知らない。

「……瞳に映すのは私だけで良いだろう?」

耳朶を噛みながら囁くと、ヒュ、と咽喉を空気が通る掠れた音がした。ガユスの心を支配するのは、従服の恐怖。愉悦。
ギギナはそれを知ってガユスからは見えぬ所で微かに口角を吊り上げ、向き直ってその唇に喰らい付く。何も考えたくないと溺れるように目を閉じたガユスを、ギギナは満足するまで貪る。

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ギギナは知っているのだ、このドウブツが縛られるのを酷く嫌っていることを。
(そして同時に、縛られていないと正気を保てないということを。)


『だから私は貴様を縛るのだ』


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</ゑゝい儘よ>