<窒息・失速>


優しくされると辛い。わかんないけど、俺はギギナがすきなんだ。

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柔らかな風が頬に心地好い。経済難の我が事務所には宜しくないものの、こうして依頼も無くのんびり出来る午後は俺のすきな時間だ。読み掛けの本をぱたりと閉じて、うんとひとつ大きく伸びをする。脱いだ靴は其処等に散らばって、足の先までソファの上。そのままちょっと疲れた目を閉じて、首を軽く回す。もう一度伸び。ぱっと目を開けると、視界の端にきらきら光る銀色を見つけた。一瞬どきりと、性質の宜しくない鼓動の高鳴り。愛娘だと言い張る椅子を片手に、此方を眺めている獣。何でも無いフリをして、俺はふいと目を本に戻す。

――本当は、文字なんてヒトツたりとも頭に入っちゃいない。

何時からだ。
何時からこんな風に成った?

自分の眉根が寄るのが分かる。舌打ちしたい気分だ。

何時からか、俺は下らない感情に支配されて身体さえおかしく成ってしまった。覚えの無い感情じゃない。今迄に何度だって経験してきた其れ。――だけど。

「おい、欠陥眼鏡」

「…なに、」

びくりと、震えそうになった肩を如何にか抑えて、自然に見えるよう見えるよう細心の注意を払って振り向く。辿った先には思ったより近い所に居たギギナ。憮然とした表情は何時ものもので、俺は其れに一々安堵する。

「…貴様の纏う空気が鬱陶しい。一々何をぐだぐだと考えているのかは知らんが、好い加減にしろ」

それか、その息の根を止めるかだ、と。言われて内心凍りつく。

「…煩ぇよ筋肉莫迦。手前こそ其の鬱陶しい匂いを何とかしやがれ」

花だとか、菓子だとか、そんな甘ったるい匂いを振りまく銀色はついと顔を逸らした。
娼婦の匂い。莫迦莫迦しい事に、そんな事位で俺の内心は掻き乱されるのだ。何を考えているかって?其れが鬱陶しいって?は、冗談。俺は何時だって、お前の事しか、

(…こんな)

こんな。俺は駄目だ。
ギギナは、強い。俺なんかとは比べ物に成らない程。肉体的も精神的にも。其の生き様は全てのモノを魅了する。其の鋼の精神は誰を彼をも虜にして止まない。そんなうつくしいイキモノが、俺の隣に居るというのに。

(こんな、下らない、)

高が恋。こんな、こんな。

ギギナが俺にくれた物は、こんな下らない想いなんかでは返してはいけないものなのに。

「…なあ、ギギナ、」

呟いて振り返ると、ギギナの姿は其処にはなかった。銀色が無いという、其の光景に何かが咽喉まで上がってくる。呼吸を止める。苦しい。

(なあ、ギギナ、俺は如何したって、)

お前への此の感情を堰き止めなくちゃならない。如何したって。其れが窒息を招いて俺が死んだとて。そんなのはお前に此れを伝えるよりマシなんだ。嗚呼、伝えるよりは。



ぎゅっと、膝を掴んだ掌は熱い。震えた呼吸は何処か澱んだ色をしている気がした。

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</窒息・失速>